コラム著者 渡部 真秀 氏
<プロフィール>
■ ユニバーサルスポーツクラブ with-W 代表
■ 昭和35年7月10日生まれ
■ 福島県生まれ、活動拠点は埼玉県
<障がい者陸上との関わり>
視覚障がい者(中長距離)のガイドランナー経験をきっかけに、身体障がい者ならびに知的障がい者の陸上競技指導に打ち込む。
<活動のモットー>
「スポーツは共に成長し共に未来を拓く」
明るく楽しく元気よくスポーツを楽しみ、
①少しでもレベルアップを目指したい
②気持ちよく身体を動かしたい
③豊かで充実した人生を拓きたい、と思うすべての方々の応援をする。
障がい者のスポーツ、最近ではパラスポーツと呼ばれることが多くなりましたが、その意義を強く唱えてきたのはスイスの元車いすマラソン世界記録保持者、ハインツフライ選手です。
「健常者はスポーツをしたほうがよいが、障がい者はスポーツをしなければならない」。これは彼の有名な言葉です。
私は30年以上にわたる障がい者へのスポーツ指導を通じ、スポーツのもつ無限の可能性を心と体に刻んできました。
今世界的にもパラスポーツの機運が高まり、その話題を耳にする機会も増えています。
しかしその一方で、その普及や裾野の広がりにはまだ多くの課題が残されていると感じます。
障がい者のトレーニングにおける難しさ
身体障がい者は、身体機能の何らかの障がいにより、身体またはその一部を自由に動かすことができません。
生まれつきの障がいの場合は、筋力トレーニングはもちろん、走ること・跳ぶこと自体の経験がないこともあります。
また病気やけがの状態によっては、言葉の理解や物事を順序立てて考える力も低下する場合もあります。
そういった条件下で陸上競技に必要不可欠な「バランス・リズム・タイミング」を習得していくことの難しさは、健常者の比ではないのは想像に難くありません。
ある競技者が抱えていた課題
右半身麻痺と失語症のある男性競技者の指導をしたときのことです。
彼の専門は短距離で、国際大会出場の経験がありましたが、体調を崩したことをきっかけに身体能力とトレーニング環境が激変してしまいました。
幸いトレーニングは再開できたものの、新しい指導者とのトレーニングでは、表情の変化をみることが出来ないとご家族から相談を受け、私が指導することとなりました。
何度か基本的な陸上競技のトレーニングに取り組みましたが、右半身が麻痺しているため目的としている動きができないうえに、動いているか認識すること自体が困難でした。
また失語症のため言葉による細かな指示を理解することができません。
そこで私は、「運動機能と認識」と「コミュニケーション」の課題を解決するために、「ディレクションリング」をトレーニングに取り入れました。
「ディレクションリング」を取り入れた効果
「ディレクションリング」があることで、自らが跳んだ軌跡を確認でき、やり直しが容易にできるというメリットがありました。
また、「楽しい」という感覚が動機となり何回も繰り返すことで、少しずつですが確実に動作を習得していきました。
指導者にとっては、用具を用いることでトレーニングの量・質が可視化され、効果を検証する助けにもなります。
さらに、用具を使用したトレーニングは言葉による課題の説明を最小限にすることができ、障がいのある選手の理解を促すことに役立ちました。
トレーニングを続けることで、彼の競技力は目に見えて向上していきました。
「用具」によって運動機能や動作の認識を補い、円滑なコミュニケーションと遊び心により意欲的なトレーニングを継続できたこと。
そしてその成果が表れたことによって、彼は一度失ってしまった笑顔を取り戻すことができました。
失敗した時の照れ笑い、そして失敗を自らやり直すときの真剣な眼差しと輝きを見られることは、指導者にとっての特権ではないでしょうか。
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